【1】大雁塔は、652年に唐の高僧玄奘三蔵がインドから持ち帰った、 経典や仏像などを保存するために、 高宗に申し出て652年に建立されました。

【2】西安市の東南郊外にある大慈恩寺の境内に建っていて、 当初は5層で8世紀10層に改築されました。 後に地震で上層部が崩壊し、現在は明代の改修で7層で64.5m。

【3】大慈恩寺は648年、唐の第3代皇帝高宗が、 母である文徳皇后を供養する為に建立した寺院です。 現在、寺の面積は32,314平方メートルで山門、鐘楼、鼓楼、大殿、二殿、大雁塔からなっています。

【4】玄奘は10歳のときに兄の長捷と、洛陽の浄土寺で出家し、 玄奘と名づけられました。隋末の動乱によって各地を転々としながらも、 『涅槃経』と『摂大乗論』を学ぶ。武徳元年(618年)には長安入りを果たしました。

【5】仏典の研究には原典による他ないとし、また、仏跡の巡礼を志し、 貞観3年(629年)に国禁を犯して出国しました。天山北路を通って天竺(現在のインド)に至る。 ナーランダ寺では5年にわたり戒賢より唯識を学び、また各地の仏跡を巡拝した後、天山南路を経て帰国しました。

【6】玄奘は657部という膨大な経典を長安に持ち帰えりました。帰国した玄奘は、 持ち帰った膨大な梵経の翻訳に専念しました。

【7】玄奘の旅の記録は『大唐西域記』として残されており、 当時のインド社会の様相を伝える貴重な歴史資料ともなっています。

【8】塔の内部は分厚い壁と漆喰で囲まれ、外観に比べて以外に狭い。 この頑強さ故に生き残った、唐代の貴重な建造物。

【9】7層目から市街地を望む。 いまでは西安も高層ビルが建ち並びますが、かつては西安で最も高い建造物でした。

【10】大雁塔は日中,夕方,夜とそれぞれ異なった趣があります。 夕日が沈むころの大雁塔は、いにしえの都長安を想わせます。

【11】『西遊記』に玄奘は、三蔵法師という名前で登場しています。 三蔵法師とは経、律、論に精通している僧侶に対して皇帝から与えられる敬称であり、 本来は玄奘に限ったものではありませんでした。

【12】大雁塔前の広場が整備され、レストラン、お土産店、夜店などが建ち並びます。 夜間はライトアップされ美しい。


■特集(1);大雁塔に登る

■開場時間:8:00-18:30 *入場は閉場の30分前まで。休みなし。

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